ともこのもと。

Date : 2014年11月

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沈黙の日々

みなさまお久しぶりです。
こちら来てから、そろそろ1年5ヶ月が経過しようとしている今日この頃。


こんなにブログの更新が滞ったのは今回が初めてです。

理由はいろいろあります。
ここには書ききれないくらい、この1か月半の間にいろいろ考えた。

書かないと。

と思いながら、なんだか筆が進まない日々。

最近、人と話す中で海外にいる自分について
考えさせられるきっかけがあった。

私はこっちにいる間に、ブルキナのことを日本のみんなに
知ってもらいたいということがとても気持ちとして強かった。
だからブログを書いている。

そのブログが滞ってしまうのは、やりたいことが
出来ていないということになってしまう。
やっぱり書かないと。前に進んでいかないと。

ブログを書けていなかった理由の一つに
任地のネットが遅いというのもあった。

ところが、週末ワガドゥグから帰ってくると、
驚くスピードに変わっていた。

どんなページでもサクサク読み込む。
日本と同じくらいのスピードに驚きを隠せない。
楽しすぎて、数時間ネットサーフィン。

こんなにつながるようになったんだ。

繋がらない繋がらないと、何時間もPCの前で
繋がるのを待っていた日々は何だったんだ。

もう、ネットが遅いってことをブログ更新できない
理由にできないじゃんってくらいの速さ笑

ということで、ネット開通記念に、長い沈黙の日々
に考えたことをつらつらと。


10月30日に起きたクーデター、そして首都騒乱。

全てはここから始まった。
いや、もっと前からなのか。

28日頃から民衆によるデモ開始。

30日の国会審議を機に、
主に首都、更に一部の大都市で
国会やテレビ局、与党関係者の自宅等々
全て焼き討ちされた。
その爪痕は今もなお。

首都のあちこちに、

コンパオレ×(大統領)
37×(憲法37条:大統領の3選を可能とするもの)

などなどその類の落書きが残っている。

これも、ブルキナファソの一面だ。

それを見て、ここがどんな状態だったんだろうと慮る。
同じ国にいながら、当事者になれていないことで
何とも言えない気持ちにさせられた。

これを機にブルキナファソの安全情報は一段階引き上げとなり
今度来る予定だった26年度3次隊の2人が派遣中止となった。
今のままでは、新規で隊員を派遣することができないとのこと。
訓練途中での任国振替ということになる。
一体どんな気持ちなんだろう。
自分たちが訓練所にいた時、まだ派遣は決まっていません
とJICAの担当者に告げられたあの日が蘇った。

私たちボランティアは、国内情勢が落ち着くまでの間
都市間移動が禁止となり、任地に閉じ込められた。
首都隊員は、1週間以上にわたって自宅待機を余儀なくされた。

こんな時こそネットが必要なのに。
そんな時に限ってネットは不調。SMSは不通。
頼れるものは電話のみ。
しかしチャージしに家から出れない。
商店も閉まっているしチャージもできない。
本当に情報難民になってしまった。

家にポツンと一人。

色々な情報が飛び交う中で、どの情報を信じればいいのか。

あの時の自分は、ガルディアンとカウンターパートと同期隊員
が教えてくれる情報だけが頼れるものだった。

2011年のJOCV一時退避が脳裏をよぎる。

2015年の選挙が一つの山場だということは
こちらに来る前から分かっていた。
任期の途中で帰国や任国振替等の可能性が
あることも重々理解しているつもりだった。

帰国なのか。

・・・帰国したくない。

帰国と言う言葉が思い浮かんだ時、もう
二度と帰ってこれなくなるんじゃないかという
不安に襲われた。

まだ、何もできていないのに。
ただ、その思いが強く強くなり、
いてもたってもいられなくなった。

どうしようもなくなって、退避はないと決めつけた。

帰国したくない

ただそれだけで、一切帰国の準備はしなかった。
取り越し苦労だったねって後々笑えることを信じて。


11月になると、あの10月30日はなんだったんだと思うほど
どんどんと普通の日々が流れるようになった。
1週間休みだった小学校も普通に始まった。

週明けには、前週分の新聞がまとめてドサッと活動先に届いた。
それを見て、あぁ、新聞社はちゃんと動いてたのかと、分かった。

そもそも新聞というものは任地にはない。
ワガから活動先(農業省)に届くもののみ。
配属して2ヶ月くらいしてようやく知った時の
驚きは大きかったように覚えている。

こうして一地方都市で生活をしていると、安定した情報収集源は
ラジオのみであり、もっとラジオを聞かないとと分かる。

それにしてもこっちに来てから、本当に情報収集しなくなった。
ブルキナべに完全に頼るようになってしまっている。

もうすぐ11月も終盤に差し掛かってきている今日この頃。
あの騒乱からももうすぐ1ヶ月。

暫定政権の代表も決まり、ワガもかなり落ち着いてきた。
任地も変わらず普通の日々。
ただしブルキナべの会話は常に政治の話。
折しも日本も衆議院が解散するとかで
たまにその手の日本の話題をブルキナべから
聞いたりすることもあるのが驚き。

移動制限は完全に解除されたわけではないけど、
活動上必要なことや生活必需品の購入等の
理由であれば移動はしてもいい。

先の見えない状況だと、どのくらいの間
待てばいいのかって不安になってたけど。
任地の人々の日常を見ると不安も和らいだ。

いつも通りの日々、場所、人々。
毎日変わらない笑顔で迎えてくれる。
「ともこ、今日も元気?」と。

任地のどこにいても
「ともこ~!」と声を掛けて受け入れてくれる。
走って駆け寄ってくる子どもたちに
何度救われたことだろうか。

ゆっくり待つことがとても苦手。
でも、そういう時も必要なんだ。
自分に言い聞かせる。
時間の経過って大切なんだと。
分かっていたことだけど、身に沁みる。

1人でいると、何を信じていいのか分からなくなった。
疑う気持ちが強くなっていた。

でもよくよく考えると、信じることって私の得意なことだった。
いつの日か、疑ったりしてしまうようになったのは
きっと傷つかないような自己防衛だったのであって
本当は、いつも人のことを信じすぎるくらい信じるのは
私らしいことだったのに。

と、今回の騒動を通じていろいろ気づかされた。
いろいろ悩んだ。
騒動前から気になっていたこれまでの活動のことも。
いろいろひっくるめて、考えるきっかけとなったのは確か。
もしかしたらそれは悩まなくてもいいことだったのかもしれないけど。


いまさらだけど、協力隊の2年間は悩み続ける2年間だと
ある人の話を聞き、納得。

悩みはない、なんて嘘でしかない。

みんなそれぞれの立場で大なり小なり
いろんなことで悩む2年間なんだ。


なんだか取り留めもない文章になりました。

読んでもらってありがとうございます。

ブルキナでの騒動が日本のニュースでも多少報道され、
家族やたくさんの友人から心配のメッセージをもらいました。

私はあったかい任地の人たちと、ガルと、犬と、元気に過ごしています。

まだアップできていない文章がたくさんあるので、
明日からまた元気にブルキナのことを発信していきたいと思います。


沈黙の日々、完。
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AUTEUR

ともこ

Author:ともこ
写真を撮りながら世界中のかわいいもの・おいしいものを探すことが大好き♪現在、32カ国訪問済み.

青年海外協力隊平成25年度1次隊(村落開発普及員・水の防衛隊)として、西アフリカ・ブルキナファソのゾルゴ(首都から東方向約110キロ)にて活動中。ブルキナファソの今をゆったりと綴っています。

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